めんおうブログ

主夫ライターの日々と、よりよく生きるためのちょっとしたコツなど。

「生きづらい」は隣の芝を見ているから。結局、自分を受け入れるのがいいよねという話

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最近「生きづらさ」という言葉をよく聞くようになったと思いませんか?

 

気になったので調べてみると、「生きづらさ」という言葉のこれといった定義はないようです。

ただ、内閣府の資料ではこんなのがありました。

 

「生きづらさ」という言葉が今日青少年問題によく使われる。社会の中に自分の居場所がみつからず,将来への展望が描けない疎外された孤立
状態をさすというのが適当である。

(出典:第1回青少年問題調査研究会)

 

要は、「生きづらさ」を感じてしまうのは、「自分の居場所がない」と感じてしまうということなんですね。

 

わたしは9月から専業ライター(フリーランス)になって1ヶ月が経つんですが、暮らしぶりは相当変わりました。

大きいなと思うのは、リアルに接する人がほとんどいなくなったということ。

 

会社で働いていたころは、毎日上司、同僚やバイトさんと接することがありました。家に帰れば家族と接しますよね。

でも、それがないんです。

朝、出勤する妻を見送り、子どもたちを幼稚園に送ってしまえばあとはパソコンと向き合って彼らが帰ってくるまで一人きりです。

 

今はありがたいことに仕事もたくさんいただいて、ヒマになる時間がないほど忙しいんですが、それが続くとも限らないし、自分ってこれからどういう方向性でいこーかなーとも考えるわけです。

そうすると、転職前と同じように、「なんだかな~」とか「人生よくわからんな~」と「生きづらさ」のようなものを感じることもあるんですよね。

 

年金がもらえるかどうかわからない、会社がこれからどうなるかわからない、日本は…と言われるようになって、「人生な~」と漠然とした不安を抱えている人も多いのではないでしょうか。

 

ここからがわたしの言いたいことなんですが、この「なんだかな~」を掘り下げていくと、行きつくのは「隣の芝は青い」という話だということに最近気づきました。

 

やっぱり、ネットで、在宅で仕事をするようになると、「自分よりも輝いてる人」がすごく身近になるわけです。

ZOZOの前社長の前澤さんのことなんて、Twitter始めるまで知りませんでした。ブログで稼げるなんて、ブログ始めるまで知らなかったし、フリーランスという働き方のことすら、ブログを始めるまで知りませんでした。

 

「生きづらさ」という言葉を聞いたときに連想する言葉として、どういうものがありますか?

 

わたしは「ひきこもり」を連想しました。

生きづらくなければひきこもるわけもないよな、ということですね。

 

で、これも調べてみたんですね。ひきこもり人口はどのくらいで、どう推移してるのかなと。

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(出典:平成27年版 子供・若者白書)

 

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(出典:平成27年版 子供・若者白書)

 

引きこもり人口は、2002年にグンと増えて56万人前後で横ばいになっているのがわかります。

 

何でかなって調べてみると、これまたおもしろい。

IT革命真っただ中で、この時期にインターネットが普及してたんですね。

 

これで他の人の事を知りやすくなったと。しかも、リアルで「居場所がない」と感じる人が「ひきこもれる環境=ネットや家での居場所」を見つけやすくなったと。そういうことではないでしょうか。

 

 

これってなんだか、現代人が「なんだかな~」ってなってしまう原因じゃないか?って思いませんか。

 

Twitterで輝いてる人を見てうらやましいと思ったり、嫉妬してしまったり、過激な人はヘイトを投げたり。

 

でも、「隣の芝は青い」という言葉が昔からある通り、人というのはどうしても周りを見て嫉妬してしまう生き物なんですよね。

では、どうしたらいいか。ざっくりわけるとこんな感じでしょうか。

  • 周りを見ないようにする(ネットを遠ざける)
  • 成功する(隣の芝は青いと思わなくなる)
  • 自分自身の生き方に誇りをもつ

わたしの場合、「自分自身の生き方に誇りをもつ」そして、その中でできる範囲で限界まで頑張って「ほどほどに成功する」というが現実的かなと思っています。

 

年をとるごとにできることの可能性は減っていきます。

どんな学校に行ったか、どんな仲間がいたか、そして、その環境から自分がどういう人間になったか。

時間を過ごすということは、可能性を広げることでもあり、狭めることでもあるわけです。

 

周りを見ないようにするのはムリだし、成功ばかりを追いかけたって、キリがないかなと思います。

 

だったら、生き方に誇りを持ちましょう、望む方向にちょっとだけ成功しながら。

 

わたしの妻は、「幸せだよねぇ、ホント」と言います。

 自分の人生を肯定できることほど、幸せなことはないと思います。

 

どんなに成功したって自分が「幸せだなー」と思わなければ豊かにはなれません。

 

うちの家庭は、わたしの働き方がちょっと普通じゃないということをのぞいてはごく一般的です。

収入そこそこ、妻とは同い年、子どもは2人ですくすく育ってる、節約に忙しい、子どもはYouTubeを見てばかり。

当たり前のことって、幸せだと思えば豊かになるし、足りないと思えば、豊かには感じられないんですよね。

 

ないものよりも、「あるもの」を大切にできる方が幸せなのではないでしょうか。

 

簡単ですよ、周りを見て、自分に何があるかを見ればいいだけです。

超便利なスマホがある、何とかやっていける収入がある、働ける会社がある、とりあえず上司や同僚がいる、運よく巡り合った伴侶がいる。

人によって違うでしょうが、「あるもの」はあるはずです。

 

ちょっとだけでいいので、「あるもの」を見て、それに感謝してみましょ。すると、心があったかくなりますよ。